前回のあらすじ
<荒俣宏→神智学→シュタイナー、そしてクリシュナムルティへとたどり着いた、真理を求める読書遍歴。しかしそこで私が見たものは……>
ルドルフ・シュタイナーを読もうと思って、ついでに買ったJ・クリシュナムルティ。偶然か、それとも必然なのか、私はシュタイナーそっちのけでクリシュナムルティにハマってしまいました。
『子供たちとの対話』を読んで、これは今まで読んできたものとは決定的に違う、と感じました。真理とは何か、いかにして悟りを開き、真理を見出すか、この世界の理はどのようなものか……そんなことはどうでもよくなりました。
クリシュナムルティは、子供たちに向かって「この人間社会は間違っている」と、はっきり言ってしまいます。この言明によって、私は自分がなぜ「真理」を求めて様々な本を読んだりしてきたのか、わかった気がしました。私が世の中に、人生に対して抱いていた、形にならない疑問に、明確な形が与えられました。
社会に出て、何年か働いてみて、私が何に疲れ、何にうんざりして、何に納得できずにひきこもったのか。大人になれば仕事を得て金を稼ぎ、わけもわからず社会の一員として生活するのが、当たり前の常識だということに、納得していなかったのでした。
しかし、私の親も含め、社会に出て見てきた大人たちは、そのことに全く疑問を持たず、当たり前の常識に従って生きることを、唯々諾々と受け入れている、それが正しい人生だという「常識」を、私にも受け入れろという圧力に、どうしても納得できなかった。
そんな人生は間違っている、というメッセージが、クリシュナムルティの言葉にぎっしり詰まっていました。愛と優しさも、秩序と平和もないこの世の中に合わせて、自分を変える必要はない。争いと冷酷と無慈悲を受け入れて、社会に適応する必要はない。
私は、社会に適応できない自分に、後ろめたさを感じる必要などないのだと思いました。初めて、自分は自分自身であっていいのだと感じられた気がしました。
子供たちに向けたメッセージのため、優しい言葉で語られていて、読みやすかったことも、私の心にすんなり入った要因でしょう。常人には見ることのできない、世界の仕組みだとか、人間の成り立ちだとか、輪廻転生とかアストラル体とか、そんな話はひとつも出てきません。
その日、『子供たちとの対話』の最初のページをめくってから、ほぼ半日かけて、最後まで読み終えました。途中、心に響くところは何度も読み返して、その意味を深く理解しようと努めながら、じっくり読みました。
読み終えた頃には、半ば放心状態で「これだ……俺が今まで求めていたのは、これだったんだ」と、自分自身に深く頷いていました。それから毎日、『子供たちとの対話』を、最初から最後まで何度も読み返しました。読むたびに、新たな発見と、心の解放を感じました。
当時21歳の私は、まだほんの子供でした。だからあれほど、クリシュナムルティの言葉が胸に響いたのだと思います。
さて、『子供たちとの対話』を10回以上読み返した私は、今度は子供向けの語りではなく、クリシュナムルティが大人に向けて書いた本を読みたくなりました。そこで次に手に取ったのは『生と覚醒のコメンタリー』(大野純一・訳/春秋社)全4巻でした。
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