心は空気で出来ている

空気を読むな、呼吸しろ。

リンゴをかじると、歯茎から血が出ませんか?

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 ひとくち食べれば もう夢の中

ふたくち食べれば 身体が動き出す

 11月に入って、ようやく肌寒さを感じるようになりました。朝晩の気温は10度を下回り、布団から出るのがおっくうになる時期でもあります。

 同時に、お安いリンゴが出回る季節でもあります。私はリンゴが1個(税抜)100円以下になると、毎日リンゴを半分ずつ食べるようになります。健康に良さそうだし、それ以前に美味しいから。シャキシャキした食感と甘酸っぱい味が大好きです。

 その昔、ライオンの歯磨き粉のテレビCMで「リンゴをかじると、歯茎から血が出ませんか?」というのがありました。昭和40年代のことで、当時はまだ歯茎の健康も大事だという意識が浸透しておらず、日本人の3人に1人が歯槽膿漏だったという話です。

 しかし、私がリンゴをかじるときに思い出すのは「動脈をかじるとき、血が出ませんか?」というセリフです。(もしかして静脈だったかな?)

 これは最近、各地で原画展を開催して、往時のファンを沸かせている伝説のギャグマンガマカロニほうれん荘」で、トシちゃんが言ったセリフです。もちろん、歯磨き粉のCMのパロディ。

animanga-zingaro.jp

 それでツッコミ役のそうじ君が「そんなものかじりますか!」とかなんとか言ってトシちゃんをぶん殴ったりするわけです。

 小学生のころ、小遣いで買える漫画には限界がありました。だから、買った単行本は何度も何度も繰り返し読みます。その中でも「マカロニほうれん荘」は、最も多く読んだ作品かもしれません。たぶん「リングにかけろ」と1,2を争う回数読んでいます。”マカロニ”のほうが”リンかけ”より巻数が少ないので、通しで読んだ回数はおそらく”リンかけ”を上回るでしょう。その次は「北斗の拳」でしょうか。

 おかげさまで、リンゴをかじって歯茎から血が出ることはまずないのですが、リンゴをかじる季節になると毎回このセリフを思い出します。

 それはそれとして、私も当時の、いや現在もファンとして「マカロニほうれん荘」の原画展が見たいので、ぜひ名古屋にも来て欲しいと思います。必ずスケジュールを空けて行くつもりです。

 ということで、本日もお粗末さまでした。

アダムの林檎 (LPバージョン)

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『仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER』の予告編を見て涙ぐむ息子氏を見て涙ぐむ私

www.movie-taisen.com

正解はひとつじゃない 闇夜に耳澄ませ

見つけたその鼓動 響かせてみたらBelieve Yourself

 毎年恒例、仮面ライダーの映画が年末に公開されます。

 一昨年、2009年から続いた、年末の劇場版のシリーズ名が「MOVIE大戦」から「平成ジェネレーションズ」に変わったと思ったら、次の年には元号が変わることになり、去年の劇場版は「平成ジェネレーションズFINAL」でした。

 今年はどうなるのかと思っていたら、なんと「平成ジェネレーションズFOREVER」ときたもんだ。ファイナルじゃなかったのかよ!とツッコミたくなりますが、平成が終わるのはまだ来年なので仕方ないでしょう。

 この「平成ジェネレーションズFOREVER」の予告映像が解禁となり、仮面ライダー関連の動画をしょっちゅう見ている息子氏のYouTubeアカウントには、早速その動画がオススメとして挙がっていたようです。

 晩御飯前のYouTubeタイムに予告編を見始めた息子氏は、最初のうちは「お父さんお父さん、ほら見て見て!」とワクワクした様子でした。しかし、予告映像を見ている間に、だんだんと口数が減り、真剣な表情になっていきました。

 というのも、この予告映像がずいぶんシリアスな雰囲気で、仮面ライダーは作り話なのか?君たちの心の中から消えてしまうのか?というメタな内容になっていて、静かなナレーションに、BGMも壮大かつ感動を呼び起こすような曲が使われていました。

 その「感動巨編」ぽい雰囲気に呑まれたのか、映像を見ていた息子氏の目に、うっすらと光るものが。それを拭いながら、最後まで映像を見届けようとする息子氏。ああ、子どもの感受性って豊かだなぁ。汚れちまった大人の私には、この映像で涙を流すことはできません。

 そんな息子氏を見ているうちに、私は仮面ライダーより、感動で涙ぐむ息子氏の姿に感動して、涙ぐんでしまいました。息子氏の中で、ちゃんと感受性が育っていることがわかって、親として感動を覚えずにはいられませんでした。

 イライラさせられることも多い息子氏ですが、さすがにこんな時は、本当に子育てをしていてよかったなぁ、としみじみ思います。

 ということで、本日もお粗末さまでした。

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夢の国の狂気

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今頃喉元過ぎた所右に曲がって広場のベンチでさ

休んでアイスでも舐めてるんだね

 過日、オリエンタルランドが運営する「東京ディズニーランド」で働いていたキャスト2人が、パワハラを理由に訴訟を起こしたというニュースがありました。

 過酷な労働環境による身体的苦痛と傷害、上司からの暴言による精神的苦痛などが、訴えを起こした理由だということです。

 このニュースを聞いて、というわけではなく、私はもともと遊園地というものがあまり好きではありません。まして遊園地のラスボスのような、東京ディズニーランドに至っては、好きではないを通り越して苦手意識がある、と言っても過言ではないでしょう。

 東京ディズニーランド(以下TDL)に遊びに行ったことはあります。2回だけ。昔付き合っていた彼女と1回、結婚して子どもができてから家族で1回。

 苦手意識があるからといって、楽しめないわけではないんです。ただ、私が楽しいのは一緒に行く誰かが楽しんでいるからであって、私自身が直接TDLを楽しいと思っているわけではないのです。一緒に行きたいという相手がいるから行くのであって、私が行きたいと思ったことはありません。

 なぜ苦手なのかという理由は、あまりきちんと考えたことがありませんでしたが、今回のニュースをきっかけに少しちゃんと考えてみました。

 まず考えられるのは、TDLの姿勢が、あまりにも来場者を楽しませようとし過ぎている、と感じること。「ほら楽しめ、さぁ楽しめ、楽しいだろう?なぁ、楽しいだろう?ええ?ほら、ほらほらほらぁ」という感じがするのです。ほら見ろ楽しいだろう、というドヤ感がすごい。これだけサービスしてやってるのに楽しめない奴は人として失格、みたいに言われているような被害妄想すら湧いてくる気がします。

 さらに、楽しませようとする意図が見え過ぎていることと関係していますが、その意図的な過剰演出からくる人工感。すべてが作られた楽しさ、作られた造形、作られた色彩、作られた笑顔……そう、人工的なのです。人によって計算され、作られた世界。一切の自然物が排除され、あらゆるものが人を楽しませるために計算された世界。TDLの世界を歩いていると、そんな印象を受け、得も言われぬ違和感を覚えるのです。

 私が幼いころに親しんだ田舎の遊園地は、山を切り開いて作られ、自然の真っただ中にありました。園内を歩けばいろんな鳥や虫がいて、カラスがゴミ箱をあさり、スズメが落ちた菓子をついばみ、トンボや蜂が飛んでいて、木の枝は毛虫だらけ。周りは山しか見えず、観覧車で高いところに上がれば、遠くに雪をかぶった高い山並みや、山あいを流れる雄大な川の流れ、大小さまざまな建物が雑多に広がる街などを見渡すことができました。

 古い遊園地は作りが雑です。ゴルフ場のように、いかにも自然を破壊して作りました、というのが見え見えです。しかしそれが、日常世界を離れて楽しく遊ぶ子ども心に、現実との繋がりを感じさせていたように思います。

 TDLにはそれもない。一切が現実から、そして自然からも隔離されている。私はそこに、狂気じみたものを感じずにはいられません。

 なので、今回のニュースで上司から暴言を吐かれたり、体を壊すまで踊り続けなければならなかったキャストの話を知って、何か腑に落ちたような気がしました。あんな世界を構築するために働いている人が、健全な精神状態でいられるわけがないと思うのです。

 大人になっても、TDLのような世界が楽しいとか、何度でも行きたいと思うような人は、いったいどんな日常生活を送っているのだろうと思います。生活の外面ではなく、内面的に。あの世界を本気で楽しめる人の内面世界は、日常や現実をどう受け止め、どう感じながら生活しているのか、ちょっと想像したくない気がします。あの世界に行きたいということは、現実や日常がいかに楽しくないか、ということの裏返しではないかと思います。

 そういう人たちが集まり、日常の退屈や憂さを置いていく場所。それがTDL。年間で3千万人もの人が、あの場所で楽しさを受け取り、代わりに退屈と憂さを置いていく。年間3千万人の退屈と憂さが、あそこに集積されていくのです。その集積された退屈と憂さを処理するのが、あそこで働く人達の仕事。彼らは自らの光と引き換えに、闇を受け取っているのではないだろうか、そんなことを考えてしまいます。

 私は決してTDLが嫌いなわけではありません。昔、一緒にTDLに遊びに行った彼女が、家族へのお土産を買いたいと言って、私と一緒にショップで選んだお土産が、他の男にプレゼントされていたとか、そんなことは全くTDLの評価に関係ありません。あくまで私個人の価値観において、TDLのような輝かしい世界の裏には、闇が渦巻いているに違いない、と思っているだけです。

 ということで、本日もお粗末さまでした。

泡のような愛だった

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日本懐かし遊園地大全 (タツミムック)

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エヌ氏の遊園地 (新潮文庫)

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野良猫フミちゃん

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鶴も亀もわらびも

みんな変わる 動いてる

 ウチの近所に生息している野良で、フミちゃん呼ばれている雌猫がいます。

 白と茶のぶちで、かなり高齢と思われます。野良なので、飼い猫より老けて見えるのかもしれません。

 アパート周辺に出没するのは不定期で、毎日のように見かける時期もあれば、何ヶ月も見ないこともあります。野良なので、どこかで野垂れ死にしちゃったのかなと思っていると、ふと現れたりします。

 一時期、お腹が大きく膨らんでいたことがありますが、高齢のため妊娠の可能性は低く、しかも半年ちかくその状態だったので、何かの腫瘍か、寄生虫の類ではないかと思っていました。どこかでケンカしたのか、目の上に大きな傷もありました。

 それからしばらく見かけなかったので、とうとう死んじゃったかなと思っていましたが、またひょっこりと現れて、駐車場や道路の脇でくつろいでいるのを見かけるようになりました。その時にはお腹の腫れはすっかり引いて、普通の体型に戻っていました。ただし、お腹の皮はたるんでいて、だらーんと垂れた状態でした。

 それから2年ほど経ち、フミちゃんも最近は目に見えて老け込んできました。路地の真ん中でくつろいでいて、車が目の前に近づいても逃げなかったり、目が悪くなっているようです。

 フミちゃんは野良ですが、近所の人にも顔が知れていて、そこそこ人馴れしているため、エサをやる人もおり、いわゆる地域猫的なスタンスで生活しています。私も実家の猫にやるためのおやつを、たまにフミちゃんに分けてあげたりします。以前は警戒して近寄ってこなかったのですが、最近は私に慣れたのか、それともボケてきているのか、あまり警戒せずに近寄ってくるようになりました。

 この間、スティック状のマグロのおやつをフミちゃんにあげました。小さな粒状のエサだと、目が悪くて地面に落ちたものをなかなか見つけられないので、直接手からあげられるものをと思って買ってきたのです。

 マグロスティックを手に持って差し出すと、反対の端をフミちゃんが咥えて引っ張ろうとしました。しかし、フミちゃんがスティックを咥えた状態で顔を後ろに引いても、あまり抵抗を感じません。妙だなと思ったら、どうやらフミちゃんの前歯が全部抜けているらしく、スティックが歯に引っ掛からないので、引っ張ることができないようでした。

 しかたなく、スティックを小さくちぎって地面に置きました。フミちゃんは匂いでエサの位置を探りつつ、残った奥歯で一生懸命マグロ味のスティックを噛んでいました。それでもたぶん、ほとんど噛めずに飲み込んでいたと思います。

 ハミハミと、かすかな咀嚼音を立てながら、必死でエサを食べるフミちゃん。痩せた背中に浮き上がる肩甲骨を見ながら、ちょっと切なくなりました。

 自分も、人生の折り返し地点を過ぎて、老いというものを意識せずにはいられない年になりました。身の内から湧き出る、わけのわからない衝動や焦りに苛まれることもなくなりました。若いころには疎ましかったそれらが、今は懐かしく感じます。

 まだまだ若くありたいと、それなりに体を鍛えてはいても、頭髪が薄くなることも、シワや白髪が増えることも、近くが見えなくなることも、あきらめて受け入れている自分がいる。むしろ、肉体よりも精神的な老化のほうが進んでいるかもしれません。

 老いていくことも、いずれ死を迎えることも、今はそれほど恐れていませんが、それもまだしばらく先のことと高を括っているからでしょうか。

 フミちゃんが、自らの老いを意識することがあるのかどうかわかりませんが、歯のない口で懸命にエサを食べるフミちゃんを見ながら、そんなことを考えました。

 それでは本日も、お粗末さまでした。

走れ自転車

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野良猫ロック

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犬の散歩で糞を持ち帰る人がいたんですけど

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あるこう あるこう わたしはげんき

あるくのだいすき どんどんいこう

 仕事の帰り、信号待ちの車の中から、犬の散歩をしている人を見かけました。

 柴犬のような白いワンコで、まだ若くてぴょんこぴょんこ跳ねるように飼い主の足元にまとわりついていました。とても楽しそうです。

 飼い主は30代くらいの男性で、トレーナー姿でした。

 ちょうど箒で足元を掃いているところで、ちゃんと糞を処理して持ち帰る人なんだな、と思って見ていました。ワンコのほうも、ご主人が自分の糞を片づけるところを見ていました。早く先に進もうよと言いたげに、うずうずしながら。

 糞の片づけが終わって、飼い主の人が歩き始めると、ワンコはまた嬉しそうにぴょんこぴょんこ跳ねながら、スキップするようにご主人を先導して歩いていきます。なんて微笑ましい光景でしょう。

 しかし、私の目はそこであるものに釘付けになりました。

 飼い主の人がその手に持っているのは、糞を片づけるための道具なのですが、よく見かけるのは、小さな園芸用スコップとビニール袋のセットですよね。

 しかし、その人が持っていたのは塵取り。

 いわゆる「三つ手」と呼ばれるタイプで、塵取りの本体の左右と後ろから持ち手が伸びているやつです。こういうやつです。↓

山崎産業 2989.jP+ 三つ手 ちりとり A 175918

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 そういえばさっき糞を片づけるのに、スコップじゃなくて箒を使っていました。そうか、それなら糞を入れるのは塵取りだわな。

 いや、かさばるよね?邪魔じゃない?重くない?

 そう思っている間に、その人は右手に犬のリード、左手に箒と塵取りを持って、愛犬とスタコラ歩いていきました。もうあれで慣れてるんでしょうね。

 散歩コースがそんなに長くないのかもしれない。キロ単位で歩くのに、あれを持っていくのはさすがにうっとおしいと思います。家の近くをぐるっと歩いてくるだけなんでしょう。たぶん。

 でも飼い犬の糞をちゃんと片づけていくのは、飼い主として正しいマナー。うちのアパートの近所は、たまにそのまま放置された糞が転がっていて、飼い主のモラルの低さに毎度憤慨しています。……フンだけに。

 はい、本日もお粗末さまでした。

さんぽ(となりのトトロ)

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