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【独り言】虚しさの向こう側【戯れ言】

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正体 知りたい

さあ 距離を縮めよう

 

gokumatrix.hateblo.jp

 近頃、どうにも調子が出ない時期が続いていましたが、今日は調子が出ないなりに、この状態がどういうものなのか、少し見えてきた気がしたので、書いてみます。

 やるべきことはたくさんあるのに、どうにもやる気が出ない。片づけなければいけないことについて考えると、途端にいやな気分になって、ゲームやテレビや睡眠に逃げてしまう。

 一方ではやらなければと思い、一方ではやりたくないと思う。そのせめぎあいの中で何もできなくなり、何もできない自分にイライラしてしまう。

 そんな状態がここ数カ月も続いていました。いえ、今も続いているのかもしれません。それでも、今日は少しだけ、その状態を打破する糸口が見えたかもしれないという話です。

 なぜやる気が出ないのだろう、なぜ行動しないのだろう。そんな疑問を抱くとき、その奥にあるのは、何か原因や理由を明らかにすれば、この状態を抜け出せるだろうという考え方です。

 しかし、実際には原因や理由を明らかにしたところで、問題は解決しないのが常です。原因や理由を探ろうとすることも、現実逃避の一部なのかもしれない。

 特に、心理的な問題に関しては、原因や理由を探してはならない。心の中で起きていることは、原因や理由といった因果では測れない理(ことわり)に属しているかもしれないから。というのが、私が経験から導いた心得です。

 心の中で起きていることは、原因と結果がひとつのプロセスとして動いている。物理世界のように、原因と結果の間に時間の隙間がない。だから、現象は原因でもあり、結果でもあり、つまりは切り分けることのできない、ひとまとまりのプロセスである。それを無理やり切り分けてしまうと、問題の本質は見えなくなる。

 やる気が出ないという問題は、やる気が出ないのが原因であり結果である。ならば、その「やる気が出ない」という状態、その気分、いやな感覚、それをひとつのまとまりとして捉え、観察するしかない。やる気が出ないという心理的問題の結果として現れる外部の問題はひとまず横に置いて、まず内部の問題に目を向ける。

 やる気が出ないというのは、やりたくない気分のことだとわかる。やる気が出ないという消極的なものではなく、やるべきことを積極的に拒否する気持ち。モヤモヤした抵抗感。いやだ、やりたくない、動きたくない、という気持ち。

 これをさらに詳しく見ていくと、自信のなさ、というものが見えてくる。何らかの理由で、自信をなくしている。しかし今は理由には触れないでおく。とにかく、自分にはそれができないかもしれないという気持ち。現実的に考えれば、できないはずはない些細なことでも、自信がなければ行動に結びつかない。

 そこからさらに詳しく見てみる。自信がない、という感覚をつぶさに見ていく。そして見えてきたのは、空虚感、虚しさ、どんな言葉を当てはめても構わないが、とにかくそういったもの。心に穴が空いたような感覚。何かが欠けている、足りていない、という感じ。

 これか。これだ。虚しさ。これが観察の終点だ。この感覚を「虚しさ」と名付けた。ひとまず、これ以上の解析は必要ない。この感覚は「虚しさ」だということで、腑に落ちている。

 この虚しさは、忌むべきものではない。虚しさこそ私の本質。虚しさこそ人生の友。長いこと忘れていた。そして今日、思い出した。

 それで何かが解決するわけではないけれど、この虚しさが私の本質だという認識をもって、私の中のモヤモヤは消え去り、幸福感が湧いてきました。

 きっとまた、モヤモヤは復活するでしょう。心は虚しさから逃げるように癖がついているから。しばらくは、モヤモヤが消え去るまで瞑想を続けることになりそうです。本当は、ちょっとしたモヤモヤを感じたらすぐに瞑想すればいいんですが、サボって溜め込んで、ひどくなってから瞑想の大切さに気づく、ということを繰り返しています。

 部屋の掃除をさぼると、いつの間にか散らかって気持ちが萎えるように、心の中も常に掃除が必要なんです。いつもギリギリまで追い詰められてからじゃないと気がつきません。しかし、それもまた一興。

 ということで、本日もお粗末さまでした。

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虚無感について -心理学と哲学への挑戦-

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