心は空気で出来ている

空気を読むな、呼吸しろ。

忘年のイクシーオーン ― 【第3回】短編小説の集い 参加作品

 第2回は気がついたら終わっていたので、今回は少し早目に投稿しますよ。


【第3回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 

 「忘年のイクシーオーン」

 今年の年末はことに寒い。数年に一度の寒波が押し寄せているとかで、全国的に天候は大荒れだ。マモルの住む地域はそれほど雪が降らないのだが、今年は例外らしい。

 マモルは寒いのが苦手である。苦手を通り越して、憎んですらいる。幼いころ、これまた例外的な大雪のせいで道に迷い、死にかけたことがある。本当に死にかけたかどうかは問題ではない。マモルにとっては死にそうな事件だったのだ。近所の神社の本殿にもぐり込んで、雪をしのぎながらガタガタ震えていたのを覚えている。

 いっそのこと、暖かい地方に引っ越そうかとも考えたが、実家暮らしに甘えて大した貯金もなく、これといった資格も持たないマモルには難しい話だった。この季節になると、来年からはしっかり貯金をして、いずれ九州か、いっそ沖縄あたりにでも移住しようと思うのだが、毎年同じことを考えながら、もう何度も年を越している。

 逃げ場のない寒さから、唯一マモルを救ってくれるのは、コタツである。マモルの一日はコタツに始まり、コタツに終わる。コタツから出るのは、ほぼ仕事に行っている間だけである。必要な買い物は通勤途中に済ませる。食事の用意は母親がしてくれるので、風呂とトイレ以外は家でもコタツ三昧なのである。

 今日も風呂から出ると、猿(マシラ)のごとく階段を駆け上がり、自室のコタツへと滑り込んだ。あとは母親が運んでくる年越しそばをすすって、テレビとネットで時間を潰し、寝るだけである。寝ている間に年を越していることだろう。歌合戦にも除夜の鐘にも興味はない。

 「マモルー、ツトムくんが来てるよ。初詣行こうって」

 階下から母親の声がする。幼馴染のツトムか。俺の寒さ嫌いを知っていてなぜ初詣などに誘うのか。しかもこんな雪の積もる晩に。

 「行かないって言っといて」

 「神社にアイドルが来るそうだけどー?」

 アイドルオタクめ。夜中の神社に営業に来るアイドルなんているのか。

 「いいよ、興味ない」

 母親とツトムの交わす言葉がぼそぼそと聞こえた後、玄関のドアが閉まる音がした。何が悲しゅうて真夜中の寒空の下、行列を作ってまで金を払わねばならんのか。伝統行事なのか何なのか知らないが、マモルには全く理解できないイベントである。

 「賽銭を払わなきゃ年を越せないって言うんなら行くんだけどな。ははっ」

 マモルはそこで目を覚ました。しかし、目を覚ましたのか、これが夢の中なのか、マモルには判然としない。むしろ、夢であって欲しいと願っている。

 マモルがいるのはコタツの中である。単に足を突っ込んで座っているのではない。コタツの下にもぐり込み、這いつくばっているのだ。いつからこんな状態で過ごしているのか、すでに時間の感覚が狂い始めている。直上から照り付けるコタツの熱で頭がのぼせて、正常な判断力が鈍っているのかもしれない。

 朦朧とする意識で、記憶を手繰り寄せる。俺にはコタツがあれば十分だ。そんなことを呟きながら、頭からコタツにもぐりこみ、反対側から顔を出そうとしたはずだ。しかし、顔を出すことができなかった。なぜなら、コタツの向こうにまたコタツがあったからである。

 おかしいな。ちょっと方向感覚が狂ったのか。そんなことを思いながら、今度は右側から出ようと頭を出した。しかし再びコタツの中に頭を突っ込んでいた。立ち上がろうとしたが、コタツ布団の境目がない。どれだけ力を込めても、マモルの力ではコタツを持ち上げることができなかった。仕方なく、出口を求めてコタツ布団の向こうに這い進むのだが、やはりコタツの中なのである。

 そんなことを延々と繰り返し、マモルは広大なコタツのネットワークを彷徨い続けていた。絶望と焦燥とコタツの熱さで、時折気を失う。そしてコタツにもぐりこむ直前の出来事を夢の中で再現しては、目を覚ます。これは一体何なんだ。何が起きたのか。世界はコタツに支配されてしまったのか。

 「なんなんだよ!」

 耐えきれなくなったマモルは思わず叫んだ。

 「賽銭払ってくれよ」

 頭の上から声が聞こえた。コタツの天板越しにである。

 「はっ?」

 「賽銭払えば年を越させてやるよ」

 「なっ……なに?」

 「賽銭払えば年を越させてやるよ」

 ぶっきらぼうは返答が繰り返される。

 「な……何の話しだ?」

 「おまえが言ったんだろ」

 そんなことを言った覚えは……なくもないが、ただの思いつきの冗談で、しかも独り言だ。

 「何なんだ、誰なんだっ」

 「コタツの神だよ」

 「コ……」

 「賽銭払うか?」

 「そんなことより、俺をこんなところに閉じ込めてるのはお前なのか?」

 「そうだよ」

 コタツの神とやらが、こともなげに答える。

 「出してくれよ!」

 「賽銭払うか?」

 「払うよ。払うから!とにかく出してくれ!」

 「ちゃんと払えよ」

 「わかったよ!だから……」

 だから、という自分の声で目が覚めた。部屋の天井にぶら下がった丸い蛍光灯が見えている。マモルはコタツに入ったまま仰向けに寝ていた。

 「戻った……?」

 夢だった、という感覚は全くない。あれは間違いなく現実だった。おそるおそるコタツから出ると、ゆっくり階段を降りていった。母親が、台所で年越しそばを作っている。

 「あら?持って行こうと思ってたのに。やっぱり初詣行くの?食べてったら?せっかく作ったんだから」

 「初詣……?」

 「さっきツトムくんが来たじゃない」

 さっき?俺はずっとコタツの下を這い回ってたはずだ。

 ぼんやりした頭で年越しそばをすする。そのまま、なんとなく上着をはおって外に出た。ポケットには小銭入れがある。ツトムが行くという神社はすぐ近くだ。しかし、初詣にそこへ行くのは初めてだった。あれほど嫌っていた寒さの中、マモルの頭は少しずつクリアになっていくようだった。

 神社に着くと、境内には露店が並び、厚着をした人々がひしめきあっていた。人の流れに乗って、本殿に向かう列に合流した。のろのろと歩を進めているうちに、後ろからツトムの声がした。

 「よう、やっぱり来たのか」

 振り返ると、ツトムが露店で買ったらしい人形焼をほおばりながらニコニコしている。

 「ああ……まぁ、な」

 「お前にぴったりな神社だからな」

 「どういう意味だ?」

 「お前、近所に住んでて何も知らないのな。お前みたいにいつまでも親の脛をかじってるような子供を、早く独り立ちさせるっていうご利益があるんだよ」

 「なんだそりゃ」

 「別名、子立(コタツ)神社ってな」

 ちょっと待て……。

ー おしまい ー

 

 書き終ってみたら、タイトルと内容がすごい遠ざかってた。