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【読書感想文】沙門空海 唐の国にて 鬼と宴す

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沙門空海唐の国にて鬼と宴す〈巻ノ4〉 (トクマ・ノベルズ)
 

 

 在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝

 天長地久有時盡、此恨綿綿無盡期

 

 ようやっと全四巻を読み終えました。食後の休憩時間とか、就寝前とか、隙間の時間を使ってぼちぼち読み進めたので、3カ月くらいかかったでしょうか。

 ざっくり言えば、まぁ長大な物語です。そして、作者本人が言っているように、面白い物語です。足掛け17年かけて書かれただけのことはありますね。しかし、物語が完成したのはすでに14年前の2004年。書き始めたのは1987年だと言いますから、もう30年も前のことです。

 そのころ私は高校生。ちょうどキマイラとか、サイコダイバー、闇狩り師、獅子の門、餓狼伝大帝の剣陰陽師などなど、夢枕獏作品に最も入れ込んでいた時期です。当時、どの作品かは忘れましたが、単行本のあとがきに、空海が中国で活躍する物語を書く、みたいなことを書かれていて、どんなんかなーと思った記憶があります。まさかあれを、この歳になって読み終える日が来ようとは。

 私は、夢枕獏さんの作品は、マンガみたいだなとずっと思っていました。マンガのような描写、マンガのようなキャラ、マンガのような展開。彼は絵が描けないから小説家になっただけで、もし絵が描ける人だったら漫画家になっていたんじゃないかと。

 で、今回の『沙門空海~』も、長編マンガのような味わいの作品でした。面白いマンガの必須条件は、かの小池一夫先生も言っているように「キャラが立っている」ことです。この物語も、当然のようにキャラがきちんと立っています。「キャラが立つ」とはどういうことかというと、私なりの解釈では、キャラが生きているということだと思います。

 単に、独創的な設定や性格、言動、ビジュアルだけでは、キャラが立っているとは言えません。物語の中でキャラが生きていること、そしてキャラが生きていることで物語が動いていくこと。それが「キャラが立つ」ということだと思っています。

 そして、キャラが生きていると何が起こるかというと、単に物語が面白くなるだけでなく、作品として描かれた物語以外のエピソードが、他にも無数にあるように思えてきます。なにしろ生きているのですから、作品で描かれるのは、そのキャラが生きている間のある期間の出来事でしかない。一生の間には、もっといろんな出来事があるはずです。

 つまり、そのキャラには生まれてから今までの時間があるのだ、と思えること。作られたのではなく、文字通り「生まれて」きたキャラだからこそ「生きている」と感じられること。それが「キャラが立っている」作品の特徴ではないかと思うのです。

 そして、各々のキャラが持つ時間の膨大さが、物語に厚みを持たせる。作品中で描かれないエピソード、語られない背景、隠れた設定、実際にはそういうものがなくても、あるように感じさせるのが「生きたキャラ」の力ではないでしょうか。

 そういうことを踏まえた上で、この『沙門空海~』という作品は、間違いなく面白いと言えます。スピンオフとか、二次創作とか、いくらでも作れそうな懐の深さがあります。

 というわけで、空海シリーズの続編を期待しつつ、このエントリーを締めたいと思います。

 ではまた!

 

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空海曼陀羅 (文春文庫 ゆ 2-32)

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