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何かに属していないと自分がわからないというのは未熟と言わざるを得ない

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 先日、こんな増田が話題になっていました。

anond.hatelabo.jp

 

 女装が好きで、強烈に承認欲求を押し出してくる人と話をしていて腹が立ったという話。相手の男の娘は、自慢に歯止めがきかない「ウザい・ムカつく」人物だというのは普通にわかります。ところが、その「ウザい・ムカつく」が途中から唐突に「女性文化の盗用だ」という話に切り替わっています。

 「文化の盗用」という考え方はアメリカなど欧米で流行っているそうですが、個人的には「ほーん、で?」という感じですね。

 「文化」にしろ「女性」にしろ、自分が属する何か、自分を含む大きな括りを自分と同一視して、一個人がその代弁者として何かを語るというのは、モヤッとボールを禁じ得ません。

 文化でも性別でも、それは自分の属性のひとつにすぎないのであって、その属性がまるで自分そのものであるかのように錯覚するのは、ちょっと見ていて痛々しいものがあります。

 おそらく本人的には、自分が属性に含まれている、自分はその属性の一員である、という感覚なのでしょう。自分は日本人だとか何県民だとか、きのこ派だとかたけのこ派だとか、レベルは違えど同じことですね。ある種の群集心理みたいなもので、大きな群れに属しているという無意識の安心感が、その属性を攻撃されることで、怒りの感情として顕在化するわけです。

 大きな群れと自分を同一化する、というのは、自己が確立されていない人によく見られる現象です。自分というものがまだ曖昧で、自分とは何者なのか、何をもって自分と言えるのか、みたいな基盤ができていない。だから、自分と似たものの集団、同じ属性を持つ者の集団に自己を投影することでしか、自分を保持できないわけです。

 それで、その集団や属性が攻撃されたり、軽く扱われたりすると、自分が攻撃された、自分が軽く扱われたと勘違いして、怒ったり攻撃的になったりするんですね。自己保存本能みたいなことです。

 今回の増田さんについて言えば、彼女は自分を「女性」という属性と同一化したために、その「女性」を軽く扱い、承認欲求を満たすために利用する男の娘の行為を、まるで自分が利用されたかのように錯覚してしまった、だから無性に腹が立った、ということなんでしょう。

 しかし、繰り返しになりますが、属性というのはあくまで自分を構成する要素のひとつにすぎず、それを他人がどう扱おうが自分とは関係ないはずなんですよ。私は男性ですが、それは単に私の持つ属性のひとつでしかなくて、誰かが男をバカにしたとか、男を軽く扱ったからといって、私が怒ったり傷ついたりする義理はないんです。

 軽い雑談の中で、その場のノリで、自分は男だからとか、オッサンだから、とか言うことはありますよ。あくまで冗談の範疇でね。でも本気で「自分=男」「自分=オッサン」「自分=変態」と思っているわけじゃないです。属性と自分とはイコールじゃないんですよ。属性はあくまで属性、自分は自分なんですよ。

 属性と自分とを区別する、っていう考え方が普及すれば、世の中もっと平和になると思うんですけどね。みんな文化とか性別とか、ちょっとムキになりすぎじゃないかな。属性を巡って争いを繰り広げるほうが、平和より大事だと思ってるよね。フフッ。

 それじゃまた!

 

属性

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