ペンデュミオンの螺旋

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人生が変わるとき

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 はてなのトップに「ブログをはじめたら人生が変わった」というブログ記事が載っていました。「警察官クビになってからブログ」という人気ブログです。記事の内容はタイトル通りなので詳しくは触れませんが、以前から「人生が変わる」ってどういうことだろうと思っていたので、あらためて考えてみることにします。上記のブログの内容についてどうこう言うわけではありません。

 人生が変わることについて考える前に、そもそも人生とは何じゃろかというところから始めます。簡単に言えば、人が生きること、人の生。あるいは人の生き方、あるいは人が生まれてから死ぬまでの時間。「人生」というと、人の一生のような、大きな括りで捉えられることが多いと思います。

 人生が変わると言うとき、それは主に、人生のある時点の前後で、大きな変化が起きたという意味合いで使われます。ある時点を境に、不幸だった人が幸福に、貧乏だった人がお金持ちに、モテなかった人がモテモテに。もちろんその逆もあるでしょう。

 そういう変化が起きた時、果たしてそれは本当に人生が変わったのか、あるいはもともとそういう変化が起きる運命だったのか、どっちなんでしょうか。人生が初めから終わりまで運命づけられていて、固定したルートを通る過程だとするなら、途中でどんな劇的な変化が起きたとしても、もともとそういう変化を経験する運命だったとしたら、それは人生が変わったとは言えませんよね。

 人生が初めから終わりまで不確定で、何が起きるか決まっていないとした場合はどうでしょうか。この場合は、ある劇的な変化をもって人生が変わったと言えるでしょうか。

 人生が変わったと言うとき、人生を変える何らかの出来事がなければ、それ以降も人生に変化はなく、同じ状態が続いていたはずだという前提があります。例えば宝くじに当たらなければ貧乏なままだったとか、ある人に出会えなければ不幸なままだったとか、そういうことです。

 しかしここでさっきの仮定を思い出してください。人生がすべて不確定で、何が起きるか決まっていないなら、同じ状態が続くかどうかもわからないはずです。一寸先は闇なんですからね。同じ状態が続くという前提が成り立たない以上、ある出来事をきっかけに人生が変わったとは言えないはずなんです。人生が変わったというのは、過去を振り返って見たときの、後付けの理屈でしかありません。

 別の言い方をすれば、人生がすべて不確定だという立場にあるなら、人生は常に変化と流転の最中にあるということですから、変わって当たり前の状態なんです。何かが起ころうが起こるまいが、人生は常に変わっている。だから特定の出来事をきっかけに人生が変わったとは言えません。

 人生があらかじめ確定した物語だとしても、何一つ決まっていない変転のプロセスだとしても、どっちにしても「人生が変わった」と言うことができない。妙な話です。単に僕の考え方、論理展開がおかしいだけなんでしょうか。

 僕自身、これまでに「人生が変わった」と思うような出来事はいくつかありました。だけど、頭の隅にはいつもこの疑問がこびりついています。俺の人生は変わったのか、それとも運命だったのか、変わったと錯覚しているだけなのか……と。

 はいそんなわけで、今日はこれまで!

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