ペンデュミオンの螺旋

いらっしゃいませ。アニメ・子育て・雑文と、責任持てない与太話。あくまで個人のたわごとです。

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短編小説の集い 投稿作品 「無花果の花」

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 すこぶる久しぶりの参加となりました。お題は「実」ということで、凝りもせずSF仕立ての作品となっております。

novelcluster.hatenablog.jp

 

無花果の花

 ネロが目覚めたとき、彼の視界に入ったのは見知らぬ天井であった。青みがかった無機質な白い天井。それに輪をかけるように無機質なLEDの照明。彼は手術を終えてベッドに横たわっているのだった。これから向かう火星の過酷な環境に耐えうる肉体を得るための手術である。人類の火星進出が動き出したこの時代、ネロは開拓団の一員として活動するために必要となる適合手術を受けたのである。

 「よう、気分はどうだい?」

 隣のベッドから聞こえる声はネロの幼馴染、メアのものだった。彼らが寝かされている大部屋にはベッドが10台あり、全てのベッドにネロと同じ手術を受けた者たちがいる。彼らは貧しい環境に生まれ、廃棄物処理などの劣悪な労働環境で働いていた者ばかりである。

 「ああ……最高、かな」

 ネロは火星開拓団の話を聞いた時、迷いなくその危険な旅に参加することを決めた。メアも同じだ。地球でいくらキツい仕事をこなしたところで、暮らしが豊かになるわけではない。体が動かなくなれば職を奪われ、路頭に迷うのがオチである。彼らの親と同じように。

 それならば、火星の土地を開拓し、その土地で農作物を作るなり、何らかの資源を採掘すれば、一気に豊かな生活を手に入れられる可能性がある。保証があるわけではないが、火星開拓を主導する国際組織も、何の収穫も見込めない土地を開拓しようなどとは考えないはずだ。ネロたちはその望みに人生を賭け、後戻りのできない手術を受けたのだ。

 火星にはすでに人が活動するために必要な一定の環境が作られてはいるが、まだまだ生身の人間が自由に活動するには不十分である。不自由な作業服と、重い生命維持装置がなければ、火星の過酷な環境下で活動することはできない。それを克服し、より円滑に開拓活動ができるように人体を改造する手術を受けるのが、火星開拓団に参加する条件なのである。

 やがて火星へと旅立つ日が来た。開拓団を乗せたロケットの中、ネロは期待と不安を胸に、遠ざかる青い地球を見ていた。

 「本当によかったのか」

 出発前の検診を終え、待合室で顔を合わせたメアの声が甦る。

 「エリのためでもあるんだ。俺が成功すれば、あいつを火星に迎えて豊かな生活をさせてやれる」

 ネロには妹がいた。まだ幼いエリは施設で暮らしている。兄が火星へ行くと聞いて、泣きながら引き留めようとした。ネロは自分なりに火星へ向かう目的を説明したが、エリが本当に納得したのかどうかはわからない。しかし、幼いながら兄の決意を感じ取ったのか、最後にはネロの火星行きを承諾したのだった。

 長いような短いような眠りから覚めたとき、ネロが見たのは再び、見知らぬ天井であった。火星に到着した、着陸船の天井である。着陸船はすでに、宇宙ポートに隣接したドームに収容されていた。ハッチから外に出ると、思ったより地球に似た風景が広がっていた。ドームの透明な隔壁越しに見える火星の空は青く、大地には苔のような緑があちこちに繁茂していた。しかし高い木はなく、生き物の動きもない。低くなだらかな丘陵地帯が、見渡す限りどこまでも続いている。

 ネロたちはいくつかのチームに分かれ、それぞれが指定された居住区に移動した。同じチームに、メアがいた。

 「腐れ縁だな」

 メアが笑って肩を叩いた。

 翌日から、組織が用意した簡単な機械と資材を使って、ネロたちは火星の大地を切り拓いていった。大木や巨石があるわけではなく、元々平坦な土地のため、小型の耕運機のような機械で地表を耕していく作業の繰り返しだ。少しずつではあるが、その範囲は着実に拡がっていった。

 食事をとりながら、ネロは地球のエリに送るメールを打ち込んでいた。このメールが、いつ頃、どのように地球まで届けられるのかは知らないが、ネロは火星での暮らしなどを端末のキーボードで綴った。与えられる食事はいつも同じ、何かの果実のようなものだ。不思議と飽きることはないが、毎回同じものを食べていると、美味いとか不味いとかいった感覚も忘れてしまう。

 メアが部屋に入ってきた。

 「よう、可愛い妹にメールか。いい兄貴だな」

 「ほめても妹はやらんぞ」

 「俺に幼女趣味はないんでな」

 「もう幼女ではない」

 「そうか、確かにな。地球を出てからもう何年経ったのか……」

 メアも食事の途中だったのか、手にはネロと同じ果実を持っている。かじりかけのそれを見せて、メアが聞いた。

 「なあ、これ、美味いか?」

 「もうそんな感覚はわからんよ」

 「俺もだ。イチジクの味も忘れちまった」

 「イチジク?」

 「この実、なんだかイチジクに似てると思ってな」

 ネロは自分の手にある実を改めて観察してみた。言われてみれば、確かにイチジクに似ていなくもない。しかし本物のイチジクがどんなものだったのか、正確には思い出せなかった。おそらく、このイチジクのようなものも、適合手術を受けた人間に最適化された栄養が含まれているのだろう。

 「知ってるか、日本ではイチジクに『花の無い果実』という意味の文字を当てるらしい」

 「お前の祖父は日本人だったな」

 「ああ。しかし実際にはこの実の中に無数の小さな花をつけるんだ。外からは見えない花をな」

 「じゃあイチジクは実というより花を食べているようなものか」

 「そういうことになるな。それと、イチジクは不老長寿の実とも言われるらしい」

 「不老長寿か……この実を食べて不老長寿になれるなら、火星開拓も捗るんだがな」

 「毎日これを食べさせられるってのは、そういう洒落か」

 「そうかもな」

 そんな会話をしていたメアが、ある日突然いなくなった。移動用のビークルは無くなっていない。つまり徒歩でどこかへ行ってしまったということである。このあたりに、足を滑らせて落ちるような穴や崖はない。どこまでも見渡せる平坦な土地である。ネロはできるかぎり行方を捜したが、1週間を過ぎてもメアは見つからなかった。

 メアの捜索を諦めて、再び作業を開始したネロたちだったが、メンバーの1人が再び行方不明となった。そうして2人、3人と、次々とメンバーが消えていき、ネロたちのチームは当初の人数の半分になってしまった。

 この行方不明事件は他のチームでも起きているらしく、開拓団のメンバーは、たびたび会合を開いてはこの事件の真相について話し合ったが、何の進展もないまま時間が過ぎていった。

 最初の行方不明者であるメアが消えてから、およそ1カ月が過ぎた頃、最初に整備された区画の隅で、見慣れない植物の芽が生えているのが見つかった。地球から持ち込まれた植物ではあり得ない。地球の植物を持ち込む計画などないし、万が一ロケットや資材に紛れ込んでいたとしても、火星の環境で発芽するはずがないのだ。開拓団の者達は皆、この奇妙な植物の芽よりも、行方不明者の問題を優先すべきだと考えていた。しかしネロは、この植物と行方不明者を結びつけずにはいられなかった。そして、自らのおぞましい想像に終止符を打つべく、植物の根元を掘り返してみることにしたのである。

 開拓団のメンバーがパニックを起こさないよう、ネロは夜が更けるのを待ってから"発掘"を試みることにした。考えてみれば、行方不明者が姿を消すのは決まって夜だった。なぜ自分は今までそのことに気づかなかったのだろう。就寝前までドーム内にいた者が、朝になって消えたことが判明する。ならば、彼らがどこかへ消えるのは夜しかない。自分だけではない、開拓団の誰一人として、そのことに言及する者はいなかった。

 そんなことを考えているうちに、ネロはいつの間にか眠ってしまった。次の日の夜も、その次の夜も、今夜こそ植物の根元を掘り返そうと考えるのだが、気がつくと朝が来ていた。そして初めて、日没を過ぎると起きていられないことに気づいた。おそらく、手術のせいだろう。あるいは、あのイチジクに似た果実に何か細工がしてあるのかもしれない。そこに思い至った頃、開拓団のメンバーは火星に着いた時の3分の1になっていた。ネロ達が整備した土地には、あの植物が無数に茎を伸ばし、大きな赤い葉を広げて日光を浴びている。行方不明者のことについて、もう誰も口にする者はいなかった。まるで何一つ問題が起きていないかのように、彼らは淡々と作業をこなしていった。

 実際、何一つ問題はないのかもしれない。全ては計画通りなのかもしれない。そんなことを考えながら、ネロは誰もいなくなったドームの中から、一面に広がる"農場"を見つめていた。今なら、あの植物の根元を掘り返しても、誰も咎める者はいない。いや、誰かがいたとしても、咎める者はいなかったのかもしれない。ネロ自身の中に、それをさせまいとする何かがあったのだ。

 ネロは、意を決して土を掘り返してみた。ちょうど人がひとり埋まるほどの穴が出来上がった頃、辺りが真っ暗なことに気づいた。火星の夜を見たのは、これが初めてだった。そしてこれが最後になるのだろう。なぜ穴を掘っていたのだろう。なぜ夜なのに起きていられるのだろう。睡魔に襲われて朦朧とする頭の中でぼんやりと考える。目の前にぽっかり空いた穴が、優しいベッドのように見えた。ネロがゆっくりと穴の中に横たわると、夜空に満天の星が輝いているのが見えた。ひときわ青く光るのは地球だろうか。それとも遥か遠くの恒星だろうか。使い慣れた小型の耕運機が自動的に動き出し、ネロの体に土を被せていった。火星の土の重みを体に感じながら、ネロは深い眠りについた。

 

 あとがき

 マット・デイモンのオデッセイや、アルドノア・ゼロガンダム鉄血のオルフェンズなど、ここ数年やたらと盛り上がってる火星を舞台にしてみました。細かい設定は面倒だし、字数も限られているので、星新一ショートショートを意識した作りになっています。人から見てどうかはわかりませんが、ごくま的には意識しました。ただ、あそこまで乾いた感じにするのも何なので、ちょっと湿っぽさを追加しました。妹が登場するエピローグも書こうかと思いましたが、湿っぽくなりすぎると思ってやめました。