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いらっしゃいませ。アニメ・子育て・雑文と、責任持てない与太話。あくまで個人のたわごとです。

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粉 ― 【第4回】短編小説の集い 投稿作品

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【第4回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 さぁ今回も参加させていただきます。どうでもいいことばかりブログに書いていると自分でも飽きてくるので、こういう企画はありがたいです。

 

「粉」

 悟がまだ小学校に上がる前、すぐ近くに伯父の家があった。従兄弟と遊ぶため、悟はよく伯父の家に遊びに行っていた。そこには祖母も一緒に住んでいて、遊びに行くとお菓子をくれたものだった。悟にとってその家は伯父の家でも従兄弟の家でもなく、祖母の家だった。明治生まれの祖母はいつも着物を着ていて、悟は洋服姿を見たことがなかった。

 ある時、トランプで遊んでいた悟たちのところへ、割烹着に三角巾をかぶった祖母が、湯気の立つ湯呑を持ってきた。悟はそれをお茶だと思ったが、中を覗いてみるとお茶ではなく、茶色の泥のようなものが入っていた。しかしそこから立ち上る湯気の匂いはとても香ばしく、それが見た目によらず何か美味しいものであろうと悟は思った。

 従兄弟が、湯呑に入ったその香ばしい何かの名前を言った。初めて聞く名前だったが、悟はその響きに懐かしいものを感じた。スプーンですくって口に入れてみる。粉末のざらつきを残しながらもねっとりした食感と、優しい甘さ、そしてあの香ばしい匂いが口の中と鼻腔いっぱいに広がった。何かの粉を、熱湯で溶いたものらしいということはわかったが、その粉が何なのか、幼い悟にはわからなかった。

  あれから数十年。祖母は悟が中学生の時に他界した。今、悟には保育園に通う息子がいる。細かな造形のおもちゃがついた、カラフルなパッケージの菓子を子供に買い与えるとき、稀に祖母が作ってくれたあのおやつのことを思い出す。あまりに素朴で、菓子と呼べるのかどうかもわからないおやつ。悟はいまだにあれが菓子なのかどうかわからない。ただ、子供のおやつであることは間違いないので、菓子と呼べなくもないだろう、という程度の認識である。あれの名前が思い出せないのも、そんな曖昧模糊とした認識のなせる業かもしれない。

 およそ1ヵ月ぶりに、妻子を伴って実家へ来た悟は、子供を父母に任せて久しぶりにゆっくりとテレビを眺めていた。家ではどうしても子供番組が中心になってしまい、バラエティや情報番組はなかなか見ることができない。特に見たい番組がやっているわけでもなかったが、子供に邪魔されずにテレビを眺めていられることが、悟にをリラックスした気分にさせていた。

 クリスマスにプレゼントしてもらった最新のおもちゃを、子供が父母に見せながら、なにやら自慢げに解説している。おそらく、その解説のほとんどは父母にとって意味不明の内容だが、二人とも大げさに感心してみせたりして、孫のご機嫌を取るのが嬉しいようである。

 姉が、キッチンでなにやら作業している。早くに結婚した姉はすでに子供が手を離れているため、悟の子供の顔見たさに、時折タイミングを合わせて実家に来る。悟も姉も、実家のある街に隣接した地域で暮らしているため、その気になればいつでも実家に来ることができるのだ。

 ふと、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。その途端、悟の脳裏に、数十年前に祖母があのおやつを出してくれたシーンがまざまざと蘇った。姉が、湯気の立つマグカップを5つ、お盆に乗せて運んできた。中にはあのドロッとした茶色の物体が入っている。

 「これ、小さい頃におばあちゃんが作ってくれたやつだよね?」

 「あ、覚えてる?こうせん」

 「こうせん!そうだ、こうせんだった。懐かしいなぁ」

 「こないだたまたまスーパーで見かけて、珍しいなぁと思ってね」

 懐かしのおやつでにわかに盛り上がる姉弟である。悟の息子は、初めて見る謎の物体が入ったマグカップをしげしげと眺め、しきりに湯気の匂いを嗅いでいる。

 「俺が子供の頃は、こんなおやつでもすごく嬉しかったよなぁ。祐太はもっと美味しいもの食べてるから、こんなもの口に合わんだろ?」

 父はこんなものと言いながら、早速こうせんをスプーンですくって口に運んでいる。息子の祐太は、祖父が食べているその物体に興味はあるものの、自分も食べてみようという決心はつかないでいる。

 「これなに?」

 「こうせんだよ」

 「こうせんってなに?」

 「……なんだっけ?そういえば俺も何なのか知らないな」

 姉が笑って助け舟を出す。

 「大麦を炒って粉にしたものよ。私も買った袋の説明読んで初めて知ったんだけどね」

 「へぇ、そうなのか。だからこんなに香ばしい匂いがするんだな」

 悟も一口、マグカップからすくって食べてみる。思っていた味とは少し違っていたが、そういうものなのだろう。砂糖の加減が違うのか、それとも、思い出の味は記憶の中で美化されやすいということだろうか。

 「祐太も食べてみな」

 「ゆうくんいらない」

 即答だった。もともと、見慣れないものはなかなか食べようとしない子供だ。この匂いにしても、悟や姉にとっては懐かしいものだが、祐太にとっては得体の知れない匂いでしかないのかもしれない。もし食べたとしても、今どきの菓子の味に慣れた祐太が、これを美味いと思うかどうかはわからない。

 悟と祐太のやり取りをしり目に、父はすでに食べ終えていた。

 「うん、うまいけど、塩が入ってなかったな。おばあちゃんは隠し味に少しだけ

塩を入れてたから」

 「へぇ~、なるほど。さすがおばあちゃんだね」

 姉はしきりに感心している。やはり祖母の味は特別だったのだろうか。悟はそんなことを思いながら、改めてじっくり味わいながら口で溶かしてみた。

 「俺も今度家で作ってみようかな。どこで売ってた?」

 「バイパス沿いのヨーカ堂で売ってたよ」

 そのスーパーは、家に帰る途中で少し回り道すれば行ける場所にある。悟は、すでに寄り道して買って帰るつもりでいた。どんな分量で作れば、祖母の味に近づくのだろう、などと想像を膨らませながら、記憶と微妙に味が異なる姉のこうせんをほおばっている。

 「ヨーカ堂か……」

 空になったマグカップの底を眺めながら、隣の父がぼそりとつぶやいた。

 

 ― 了 ―

 

参考資料:はったい粉 - Wikipedia