ごくまトリックス

いらっしゃいませ。アニメ・子育て・雑文と、責任持てない与太話。あくまで個人のたわごとです。

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黒きポイの狂想曲(カプリチオ) -4-

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4.待ち伏せ

 アケミは人混みを巧みにすり抜けながら、どんどん歩いていく。リュウジさんの店に向かっているのだろうが、もしシンジより先に着いてしまったら、後から来たシンジに気づかれて逃げられるかもしれない。アケミはそのことに気づいているのだろうか? 俺は後ろから声をかけてみた。

 「あの、アケミさん」

 「なに?」

 歩きながら、振り返りもせずに応える。

 「途中のコンビニでシンジさんを見たんですけど、ここへ来るまでもう少し時間がかかると思います」

 「だから?」

 「えと、もし後から来たシンジさんが先にアケミさんを見つけたら、逃げちゃうかもしれません」

 アケミの歩がぴたりと止まった。俺は避けきれず、彼女の背中に軽くぶつかってしまった。ふわり、と、シャンプーのいい匂いがした。そのまま至近距離で彼女は振り返り、俺の顔を上目遣いに睨んだ。思わずのけぞって距離を取るが、さっきの数倍のテンポで心臓が脈を打ち、糸が切れた凧のように視線が宙を泳ぐ。

 「シンジが私を見て逃げる?」

 どうやらまずいことを言ってしまったらしい。

 「それもそうね」

 いや、そうでもなかったらしい。

 いきなり俺の手を掴んで歩き出した。

 「あっ、ちょ……」

 俺の不純な動悸をよそに、校庭の西側に向かい、立ち並ぶ露店の裏側を早い歩調で進んでいく。露店の裏側は、ガスボンベや発電機が濃い影を落とし、表側の通路の華やかさとは対照的な、薄暗い空間を作っている。その中を歩いていると、表側の明るい通路がよりはっきりと見通すことができる。アケミはさっきと同じように突然立ち止まり、繋いでいた手を振りほどいた。

 「ここでシンジが来ないか見張ってて」

 「え……え?いやでも、どうやって知らせたら……」

 「携帯持ってる?」

 「あ、はい」

 「番号教えて」

 アケミは自分の携帯を取り出し、俺の返答を待っている。いきなり番号交換? 俺の脳内で瞬時に妄想が沸き起こる。だが、この状況だ。淡い期待を抱くほどの情緒もない。ジャージのポケットから携帯を取り出し、番号を教えた。すぐにアケミの携帯から着信があった。

 「シンジを見つけたらワン切りして」

 「あ、はい」

 俺の返事を聞き終わる前に、アケミはさっさと歩いて行ってしまった。あまりに強引な展開に、頭がついて来ていない。しばし呆然と立ち尽くしてから、ようやく自分の置かれた状況を整理できた。整理はできたものの、状況の理不尽さに納得はできていない。納得はできていないが、この先の展開は気になる。ということで、彼女の指示に従ってシンジを待つことにした。

 アケミは俺がいる位置から見て左方向にある、リュウジさんの店の向こう側、イカ焼き屋の裏に潜んでいる。ただ、影に潜んでいるといっても、あの服装だ。むしろ暗がりの中で余計に目立っているように見えるのは、気のせいだろうか。さらに言えば、彼女に隠れる気があるのかどうかも疑わしい。ガスボンベの後ろに堂々とつっ立っていらっしゃる。あれで隠れているつもりなのだろうか?

 様々な人が行き交う表の通路には、浴衣姿の可愛い女子の姿がちらほらと見える。まるで水槽の中を優雅に泳ぐ、華やかな金魚のようだ。などと思いながら見とれていると、ふいに後ろから肩を叩かれた。振り向くと、そこには白い紙レンズの入った、銀縁丸メガネの男がいた。どう見てもシンジだ。

 「う……」

 「シッ」

 思わず声を上げそうになったが、シンジの手に口を塞がれた。

 「あそこに、頭の悪そうな服装の女が見えるかい?」

 シンジが指差す先に、アケミの姿があった。俺は黙って頷いた。

 「キミはあいつと知り合いなのか?」

 「いや、えっと……さっき知り合ったばかりです」

 「つまり知り合いってことだな。あいつとつるんで俺を張ってたのは知ってるよ」

 「す、すみません」

 「それはいいんだが、アケミの後ろにいるヤツは知ってるか?」

 「え?」

 アケミの後ろを見ると、確かに誰かいる。しかし、ついさっきまで誰もいなかったはずだ。俺がアケミから目を離してから、まだ1分も経っていない。それに、アケミの姿は常に俺の視界の隅にあった。あの人影はいつの間に現れたんだ?

 「し、知りません」

 「そうか。ならいいんだ」

 シンジはそのまま立ち去ろうとする。

 「ちょ、ちょっと」

 「なに?」

 「誰なんですか? あの人」

 「キミは知らなくていいんだよ」

 あきらかにそれとわかる作り笑いを、口元にへばりつけてシンジが言った。その作り笑いの裏に、何か怖いものを感じて、俺はそれ以上何も聞けなかった。シンジは唐突にその笑みを消し去り、何事もなかったように自然な身ごなしで、薄暗がりに消えて行った。俺は得体の知れない世界を垣間見たような気がして、何もできずに立ち尽くしていた。