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ごくまトリックス

いらっしゃいませ。アニメ・子育て・雑文と、責任持てない与太話。あくまで個人のたわごとです。

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黒きポイの狂想曲(カプリチオ) -3-

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3.ストーカー女子

 ない。自転車置き場に、GoldenFish号がない。どうやら盗まれたらしい。今まであちこち遠征しても、盗まれたことなどなかったから、鍵をかける習慣がなかった。よりによって、こんな大事な時に盗まれるとは……いや、まだあきらめるのは早い。栗ノ葉中までの距離なら、走ればまだ間に合うはずだ。俺はダッシュで保育園の門を出た。

 栗ノ葉中学校は、隣の町内の盆踊り会場で、瑞葉保育園から5kmほどの距離にある。最初はほぼ全力で走っていたが、普段運動していない俺は2kmも走らないうちにバテてしまった。肩で息をしながら歩いていると、ちょうど県道沿いのコンビニが目に入った。汗だくで店に入ることに少し抵抗を感じたが、喉の乾きには逆らえない。ポケットのタオルハンカチで汗を拭い、息を整えて店に入った。店内はエアコンが効いていて、汗で湿った体から、みるみるうちに熱を奪っていく。雑誌の棚の前を通り、店の奥の冷蔵庫へ向かう。ペットボトルのスポーツドリンクを取り、レジに置いたその時、店を出て行くアロハ姿の男が視界の右端に入った。シンジだった。カランコカランコと下駄の音を鳴らしながら、店の前の自転車置き場へ歩いていく。俺は慌てて精算を済ませると、シンジの後を追って店を出た。

 店の前で、シンジは自転車に跨るところだった。シンジに近づいた俺は、その自転車に見覚えがあることに気づいた。後ろに回りこみ、後輪の反射板の横を見ると、金魚のシールが貼ってある。俺が通う高校の、自転車通学許可証も貼ってある。この自転車は間違いなくGoldenFish号だ。まさか俺の自転車を盗んだ張本人がシンジだったとは。愕然とすると同時に、裏切られたような気持ちになった俺の中に、猛然と怒りが沸いてきた。

 「ちょっと、この自転車俺のなんですけど!あんた保育園でパクったでしょう!」

 シンジは、メガネに貼り付けた紙の向こう側から、わずかに透けて見える、眠たそうな眼をこちらに向けた。盗んだ自転車の持ち主が現れたというのに、まるで驚いた様子もなく、無表情で俺を見ている。

 「あぁ、これキミの自転車か。用が済んだら返そうと思ってたんだけど、悪かったね」 全く悪かったと思っていない口調で、こともなげに言ってのけた。俺を押しのけて逃げるか、逆に開き直って凄んで見せるか、そんな反応を予想していた俺は、思ってもみない言い草に拍子抜けしてしまった。

 「使うならここで返すよ。そいじゃ」

 軽く手を振って立ち去ろうとするシンジに、思わず声を掛けていた。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ……ださいよ」

 なぜか丁寧語になってしまう俺。

 「さっき、瑞葉保育園で金魚すくいやってましたよね」

 「ん?ああ、あそこにいた少年か」

 「お、俺……あなたの技を見て、か、感動、しました」

 俺なんでモジモジしてるんだ? 我ながら気持ち悪いぞ。

 「へぇ〜……」

 「……」

 嫌な沈黙が流れる。感動したって言ってんのに、へぇ〜の一言で終わりかよ。何かもうちょっと反応があっても良さそうなもんだろ。俺のほうが変なヤツみたいじゃないか。

 「え、えと……」

 「珍しいね」

 「え?」

 「人が金魚すくいやってるのを真面目に見てるなんて、珍しいよ。普通、自分が遊べばそれでお終いじゃない? 人がやってるとこなんか見て、楽しい?」

 「え〜と……楽しいとかっていうより、なんか技がすごいなぁって……あ、あの、5匹いっぺんにすくうやつとか、すごいじゃないですか。金魚があんな風に動くの、初めて見ました」

 「お? 金魚の動きが見えてたんだ。キミ、結構やってるの?」

 「あ、はい。実は3年前にも同じ場所であなたの金魚すくいを見て、それで……俺もあんな風にできたらなぁって」

 「ふぅ〜ん……じゃ、またね」

 「あ、え? ちょっと……」

 シンジは俺の声に振り返ることなく、軽い足取りでコンビニの駐車場を出て行ってしまった。なんだ? 俺、何かまずいこと言ったかな……。自転車のハンドルを握ったまま、少しだけ考えていたが、気を取り直してシンジの後を追うことにした。自転車を押して、道路沿いに出てみたが、シンジの姿が見当たらない。栗ノ葉中までは、この道を真っ直ぐのはずだが……回り道して、俺を巻くつもりか?まぁいい、どうせ目的地は同じなんだ。Goldenfish号で追い抜いて先回りすればいい。俺は葉ノ栗中学までの道を、立ち漕ぎでスピーディに走破した。

 葉ノ栗中学校に着いた俺は、Goldenfish号を駐輪場に止め、今度は盗まれないように久しぶりに鍵を閉めた。しばらく使っていなかったので、少々錆びついて動きが悪い。今度油を差しておかないとな。保育園の数倍ある中学校の校庭に出ると、その広さに比例して規模の大きな盆踊り大会が開かれていた。立派なやぐらの上で、3人の男が太鼓を叩いている。踊りの輪は4重で、ざっと50人は踊っているだろう。校庭の周辺には、様々な露店が所狭しと軒を連ねている。扱っているものも種々雑多で、定番の綿菓子や風船釣り、お好み焼き、おもちゃ、さらに許可を取っているのかどうか怪しい、芸能人やアニメキャラクターのカンバッヂを売っている店もある。もちろん、金魚すくいの露店も3ヶ所で出店していた。

 リュウジさんの店を探して歩いていると、1軒目の露店で、派手な水玉模様のブラウスを着た女が、どぎつい蛍光オレンジのスカートをたくし上げて、水槽の前でポイを構えていた。ポイの色は黒。本日2人目の裏ポイ師に遭遇した。たぶん、あれがヤザワさんの店で聞いた、アケミという女だろう。あの服装を見ただけで、あまりお近づきにはなりたくないと思う。裏ポイ師というのは、皆あんな感じなのか? 俺は彼女の視界に入らないように注意しながら近づき、隣の露店のプラモデルを物色するふりをしながら、アケミと思われる女の動きを観察した。

 アケミはじっと水槽の中を泳ぐ金魚たちを見たまま、あの黒いポイを水面近くで水平に構えて動かなかった。彼女の体は完全に静止している。いつになったら動くのかと思った瞬間、アケミのポイが水平を保ったまま、垂直に水の中へ入った。そこまで10秒も経っていなかったと思うが、やたらと長く感じた。

 それにしても、ポイを水平の状態で垂直に水に潜らせるのは、金魚すくいを少々かじった者なら決してやらない真似だ。紙が受ける抵抗が大きすぎて、破れるリスクが大きいからだ。通常はポイを斜めにして、枠で水を切りながら潜らせるのがセオリーだ。そのセオリーを全く無視したポイの動き。しかし、その動きは素人のものではない。セオリーを知らないのではなく、あえてそれに反する動きをしているように見える。

 やがて、水の下に潜ったアケミのポイに向かって、2匹の出目金がふらふらと近づいてきた。それが枠の内側に入った途端、アケミのポイはその2匹を引っ掛けるように斜めに持ち上がり、出目金たちはケロリンの黄色い桶へと運ばれていった。

 不思議な現象だ。同じ2匹の出目金が、まるで引き寄せられるようにポイに近づいた。あれがアケミの技なのか? ポイを垂直に潜らせるのと関係があるのかもしれないが、一体どんな原理で? 全く想像がつかない。ただ間違いなく言えることは、彼女もシンジと同じく廃人レベルの裏ポイ師の一人だということだ。

 アケミは、出目金ばかり数十匹もすくったところで気が済んだのか、全く破れていないポイを店主に返し、全ての出目金をリリースして店を後にした。俺はアケミを尾行することにした。このままリュウジさんの店に行けば、シンジと対決するところを見られるかもしれない。しばらく尾行していたが、アケミは綿菓子を食べたり、人形焼を買ったり、やきそばを食べたり、焼きとうもろこしを食べたり……すごい量の買い食いだ。りんご飴をかじりながら校門を出て行こうとしたところで、俺は慌てて声を掛けた。

 「あの、人違いだったらすいません、アケミさんじゃないですか?」

 口をもぐもぐさせながら、アケミが振り向いた。正直、少しときめいた。正面からまともに見ると、なかなかの美人だ。ふんわりとしたショートボブが、小さな顔を包み込んで引き立てている。睫毛の長い、大きな瞳がまっすぐにこちらを見ていた。蛍光色のケバケバしい服装も、この顔が載っていると可愛く見えてくるから不思議だ。ちょっとお近づきになってもいいかもしれない。

 「誰?」

 ふっくらした柔らかそうな唇から出てきたのは、ぶっきらぼうでストレートな質問だった。俺の頭より10cmほど低い位置から、質問と同じくストレートな視線を投げつけてくる。母親に睨まれる以外、女性から真っ直ぐに見つめられた経験のない俺は、その視線に動揺して、あっという間に顔が火照ってきた。しかし薄暗い場所だから、赤面していることはばれてないはずだ。

 「あの、裏ポイ師のシンジさんて知ってますか?」

 その質問をした途端、彼女の大きな目がさらに大きく見開かれた。

 「シンジが来てるの? ここに?」

 少し上体を引き気味にしていたアケミが、身を乗り出して一気に距離を縮めてきた。ふわりとリンゴ飴の匂いがした。母親に頭を小突かれる以外、女性にここまで近づいて来られた経験のない俺は、さらに動揺し、思わず息を呑んだ。

 「えっと、たぶん。さっき隣の町内の盆踊り会場で、ここに来るって話を聞いたんで」 「ヤザワさんとこ?」

 「え、あ、はい」

 裏ポイ師ってのは、誰がどこに店を出してるか、全部把握してるのか? と思っている間に、アケミは俺の横をすり抜けて足早に校庭へと戻っていった。

 「あ、ちょ……」

 声を掛けるタイミングを外して、ほんの数秒、その場に立ち尽くしてアケミの背中を見ていたが、ふと我に返り、すぐに彼女の後を追った。いよいよ裏ポイ師同士の戦いが見られるかもしれないと思うと、心が小躍りした。同時に、シンジの名前を聞いただけで目の色を変えたアケミを見て、ほんの少し嫉妬を感じてもいた。